ケントロサウルス Kentrosaurus 名前の由来 スパイク(トゲ)を持つトカゲ科名 ステゴサウルス科分類 双弓亜綱、鳥盤類、装盾類生息地(発見地) タンザニア時代 約1億5200万年前(ジュラ紀後期)全長 約2.5〜5m体重 約1〜3トン食性 植物食解説恐竜時代のジュラ紀後期(約1億5200万年前)。 北米にステゴサウルスがいた頃、遠く離れたアフリカ大陸には、よく似ているけれど決定的に異なる特徴を持つ剣竜が生息していました。その名は「ケントロサウルス」。ステゴサウルスよりも小柄ながら、全身を鋭利なスパイク(トゲ)で武装した姿は、まさに「トゲの剣闘士」。 しかし、その研究史は第二次世界大戦による悲劇的な化石の喪失という暗い過去を持っています。「スパイクを持つトカゲ」:全身凶器の武装板からトゲへのグラデーションケントロサウルスという学名は、ギリシャ語で「スパイク(トゲ)を持つトカゲ」を意味します。 ステゴサウルスの背中が「五角形の板」であるのに対し、ケントロサウルスは首から背中は小さな板、そして腰から後ろはすべて長く鋭い「スパイク(トゲ)」へと変化しています。首から背中は小さな板、そして腰から後ろはすべて長く鋭い「スパイク(トゲ)」へと変化している。謎多き「肩のスパイク」最も特徴的なのが、肩から真横に突き出た長大な一対のスパイクです。肩から真横に突き出た長大な一対のスパイクかつては腰にあるという説もありましたが、現在は近縁種(トゥオジャンゴサウルスなど)の研究から「肩にあった」とするのが定説です。 この位置に関する混乱は、後述する化石の喪失が関係しています。必殺の「サゴマイザー」最大の武器は柔軟で強力な尾です。 先端には鋭いスパイク(サゴマイザー)があり、これを鞭のように振り回すことで、アロサウルスなどの捕食者に対する強力な防御兵器としていました。柔軟で強力な尾を防御兵器としていた「軽自動車」サイズの体と偏食家の食事ステゴサウルスとのサイズ差ステゴサウルス(全長約9m)と比べると、ケントロサウルスは全長2.5〜5m(平均3〜4m)とかなり小柄です。 現代で言えば「軽自動車」ほどのサイズ感です。 しかしコンパクトな体には筋肉が詰まっており、低い姿勢からのスパイク攻撃は脅威でした。軟らかい草しか食べない?口先はクチバシ状で、奥歯はわずか7つの突起しかありませんでした。 硬い植物を噛み砕くのは苦手で、地面近くのシダなど「軟らかい植物」を好んで食べる偏食家だったと推測されています。地面近くの植物を好んで食べる偏食家だったまた、二本足で立ち上がることはできず、四足歩行で黙々と食事をしていました。2011年の新発見:オスとメスの違い2011年の大腿骨の研究により、「ほっそり型」と「がっちり型」の2タイプがあることが判明しました。 これはオスとメスの違い(性的二形)である可能性が高く、交尾の際に体を支える必要があるオスの方が「がっちり型」だったのではないかと考えられています。パンゲアの記憶とドイツ調査隊大陸移動の証人北米のステゴサウルスとアフリカのケントロサウルスの存在は、かつて大陸が一つだった「パンゲア超大陸」の分裂と、それぞれの場所での独自の進化を物語っています。テンダグルの大発掘1909年、当時のドイツ領東アフリカ(タンザニア)のテンダグル層で、ドイツの調査隊が大規模な発掘を行いました。 この調査で約70体分、数百個にも及ぶ膨大な化石が発見され、1915年に正式に「ケントロサウルス」として記載されました。戦火に消えた「模式標本」:ベルリンの悲劇タンザニアからドイツのベルリン自然史博物館へ運ばれた化石は、素晴らしい展示として結実しました。 しかし、その栄光は長く続きませんでした。1943年のベルリン空襲第二次世界大戦中、博物館は爆撃を受け炎上。 保管されていたケントロサウルスの化石の大部分が木っ端微塵に破壊されてしまったのです。 特に、種の基準となる「模式標本(ホロタイプ)」が失われたことは学術的に大きな痛手となり、正確な骨格情報の多くが永遠に失われてしまいました。瓦礫からの再生現在見ることができる姿は、爆撃を免れたわずかなパーツと、戦前の記録やスケッチ、他の個体の骨を組み合わせて再構築されたものです。 肩のトゲの位置論争なども、元を辿れば良い状態の化石が戦争で失われたことに起因しています。 研究者たちは瓦礫の中から真実を拾い集め、この恐竜の姿を現代に蘇らせているのです。 PREV サウロペルタ ガストニア NEXT この恐竜を見た人はこんな恐竜も見ています ゲオステルンベルギア Geosternbergia 分類空の爬虫類 特徴肉食恐竜 時代白亜紀 メガプノサウルス Megapnosaurus 分類獣脚類 特徴肉食恐竜 時代ジュラ紀 テラトフォネウス Teratophoneus 分類獣脚類 特徴肉食恐竜 時代白亜紀 コンプソグナトゥス Compsognathus 分類獣脚類 特徴肉食恐竜羽毛恐竜 時代ジュラ紀 スポンサーリンク スポンサーリンク
解説
恐竜時代のジュラ紀後期(約1億5200万年前)。
北米にステゴサウルスがいた頃、遠く離れたアフリカ大陸には、よく似ているけれど決定的に異なる特徴を持つ剣竜が生息していました。
その名は「ケントロサウルス」。
ステゴサウルスよりも小柄ながら、全身を鋭利なスパイク(トゲ)で武装した姿は、まさに「トゲの剣闘士」。
しかし、その研究史は第二次世界大戦による悲劇的な化石の喪失という暗い過去を持っています。
「スパイクを持つトカゲ」:全身凶器の武装
板からトゲへのグラデーション
ケントロサウルスという学名は、ギリシャ語で「スパイク(トゲ)を持つトカゲ」を意味します。
ステゴサウルスの背中が「五角形の板」であるのに対し、ケントロサウルスは首から背中は小さな板、そして腰から後ろはすべて長く鋭い「スパイク(トゲ)」へと変化しています。
首から背中は小さな板、そして腰から後ろはすべて長く鋭い「スパイク(トゲ)」へと変化している。
謎多き「肩のスパイク」
最も特徴的なのが、肩から真横に突き出た長大な一対のスパイクです。
肩から真横に突き出た長大な一対のスパイク
かつては腰にあるという説もありましたが、現在は近縁種(トゥオジャンゴサウルスなど)の研究から「肩にあった」とするのが定説です。
この位置に関する混乱は、後述する化石の喪失が関係しています。
必殺の「サゴマイザー」
最大の武器は柔軟で強力な尾です。
先端には鋭いスパイク(サゴマイザー)があり、これを鞭のように振り回すことで、アロサウルスなどの捕食者に対する強力な防御兵器としていました。
柔軟で強力な尾を防御兵器としていた
「軽自動車」サイズの体と偏食家の食事
ステゴサウルスとのサイズ差
ステゴサウルス(全長約9m)と比べると、ケントロサウルスは全長2.5〜5m(平均3〜4m)とかなり小柄です。
現代で言えば「軽自動車」ほどのサイズ感です。
しかしコンパクトな体には筋肉が詰まっており、低い姿勢からのスパイク攻撃は脅威でした。
軟らかい草しか食べない?
口先はクチバシ状で、奥歯はわずか7つの突起しかありませんでした。
硬い植物を噛み砕くのは苦手で、地面近くのシダなど「軟らかい植物」を好んで食べる偏食家だったと推測されています。
地面近くの植物を好んで食べる偏食家だった
また、二本足で立ち上がることはできず、四足歩行で黙々と食事をしていました。
2011年の新発見:オスとメスの違い
2011年の大腿骨の研究により、「ほっそり型」と「がっちり型」の2タイプがあることが判明しました。
これはオスとメスの違い(性的二形)である可能性が高く、交尾の際に体を支える必要があるオスの方が「がっちり型」だったのではないかと考えられています。
パンゲアの記憶とドイツ調査隊
大陸移動の証人
北米のステゴサウルスとアフリカのケントロサウルスの存在は、かつて大陸が一つだった「パンゲア超大陸」の分裂と、それぞれの場所での独自の進化を物語っています。
テンダグルの大発掘
1909年、当時のドイツ領東アフリカ(タンザニア)のテンダグル層で、ドイツの調査隊が大規模な発掘を行いました。
この調査で約70体分、数百個にも及ぶ膨大な化石が発見され、1915年に正式に「ケントロサウルス」として記載されました。
戦火に消えた「模式標本」:ベルリンの悲劇
タンザニアからドイツのベルリン自然史博物館へ運ばれた化石は、素晴らしい展示として結実しました。
しかし、その栄光は長く続きませんでした。
1943年のベルリン空襲
第二次世界大戦中、博物館は爆撃を受け炎上。
保管されていたケントロサウルスの化石の大部分が木っ端微塵に破壊されてしまったのです。
特に、種の基準となる「模式標本(ホロタイプ)」が失われたことは学術的に大きな痛手となり、正確な骨格情報の多くが永遠に失われてしまいました。
瓦礫からの再生
現在見ることができる姿は、爆撃を免れたわずかなパーツと、戦前の記録やスケッチ、他の個体の骨を組み合わせて再構築されたものです。
肩のトゲの位置論争なども、元を辿れば良い状態の化石が戦争で失われたことに起因しています。
研究者たちは瓦礫の中から真実を拾い集め、この恐竜の姿を現代に蘇らせているのです。