ピナコサウルス Pinacosaurus

名前の由来

板のトカゲ

科名

アンキロサウルス科

分類

双弓亜綱、鳥盤類、装盾類

生息地(発見地)

モンゴル、中国

時代

約8000万〜7500万年前(白亜紀後期)

全長

約5m

体重

約2トン

食性

植物食

解説

白亜紀後期のモンゴルから中国(内モンゴル自治区)にかけて、乾燥した大地を歩き回っていた恐竜「ピナコサウルス」。
プロトケラトプスヴェロキラプトルと同じ砂丘地帯に生息していた、アジアを代表する中型の鎧竜(アンキロサウルス科)です。

1923年に状態の良い全身骨格が発見されて以来、さまざまな成長段階の化石が多数発掘されており、アジアで最もよく知られる鎧竜の一つとなっています。

ピナコサウルスの特徴

ピナコサウルスは、アンキロサウルス科の標準的な特徴である「背中を覆う頑強なアーマー(皮骨板)」や「尻尾の先端にある棍棒(テールクラブ/ハンマー)」を備えていました(ただし、ハンマーは近縁種に比べてやや小型でした)。

「背中を覆う頑強なアーマー(皮骨板)」や「尻尾の先端にある棍棒(テールクラブ/ハンマー)」を備えていた

「背中を覆う頑強なアーマー(皮骨板)」や「尻尾の先端にある棍棒(テールクラブ/ハンマー)」を備えていた

最大の謎!頭部に開いた「6つの鼻孔」の役割

ピナコサウルスの最大の特徴は、その奇妙な頭部にあります。
正面から頭骨を見ると、なんと「6つの穴(鼻孔)」が開いているのです。
もちろん、実際に呼吸に使う鼻の穴はそのうちの2つだけですが、残りの追加の穴が何のためにあったのかは長年の謎とされてきました。

現在、この穴の役割として以下の説が提唱されています。

塩類腺説

乾燥した砂漠地帯に生息していたことから、体内の余分な塩分を排出するための器官(塩類腺)が収まっていたという考え。

共鳴室説

複雑な声を発するための器官として機能していたという考え。

上顎に生えた14本の歯とともに、非常にインパクトのある顔つきをしていたことは間違いありません。

年齢とともに完全武装化!鎧竜の成長プロセス

豊富な化石が発見されているピナコサウルスは、「成長過程」が詳細に判明している稀有な恐竜でもあります。

鎧竜といえば全身の装甲が代名詞ですが、実は生まれた時から武装していたわけではありません。
体長2mほどの幼体の化石からは骨質の鎧は見つかっておらず、尾のハンマーも未発達でした。

研究によれば、彼らは3歳ごろからようやく皮骨板(鎧)が現れ始め、まず首、次に背中、そして尾へと順に装甲が発達していきました。
最大の武器である尾のハンマーは、かなり成長するまで形成されなかったことが分かっています。
(※成体の化石は意外にもほとんど知られておらず、最終的な背中の皮骨板の正確な配列ははっきりしていません。)

砂嵐が残した奇跡「恐竜保育園」と高度な社会性

では、強力な武器や防具を持たない幼体や亜成体は、肉食恐竜がうろつく厳しい白亜紀の環境をどのように生き抜いていたのでしょうか。
その答えは、彼らの「高度な社会性」にありました。

彼らが生息していた砂漠地帯(ゴビ砂漠)では、激しい砂嵐によって生き埋めになったと思われる密集化石(ボーンベッド)が多数見つかっています。
これが、当時の生態を知る貴重なタイムカプセルとなりました。

寄り添う7匹の子供たち

1993年の発掘では、砂嵐で埋まった巣の中から、7匹のピナコサウルスの子供が頭の向きを互い違いにして身を寄せ合っている化石が発見されました。
これはヨロイ竜の子育てや集団行動の可能性を示す初めての発見でした。

子供たちだけの「保育群」

さらに別の場所では、大人の個体が一切含まれない、数十体もの若いピナコサウルスだけが折り重なるようにして見つかっています。
このことから、ピナコサウルスの子供たちはある程度成長すると親から離れ、未熟な子供たちだけで「保育群(恐竜保育園)」を形成して集団生活を送っていた可能性が高いと考えられています。
武器を持たない彼らは、現代のアフリカスイギュウやダチョウのように群れを作ることで、捕食者から身を守り合っていたのでしょう。

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